定年、そして再雇用 2022年 1月 4日
副区長を終えて 2022年 4月 4日
県民割り 2022年 9月19日
台風15号 2022年 9月24日
全国旅行支援 2022年12月11日
12月29日、今年最後の休みを取りました。自分のために取った2度目のお休みです。そしてこれが、わたしの定年退職前最後のお休みとなりました。
と、書くと、なんだかしみじみぃ〜というか、じめじめぇと湿っぽくなりますねぇ。気持ちは、そんな感じ全然なくて、休み取ってないので、取ってください的なプッシュで、年末だし、それじゃあいただきますみたいなのりでしょうか。
この日、起きてみると、外は曇り。気温1度ぐらい。25日から降り出した雪が、昨日までに4、50センチほど積もっています。今朝は、昨日の朝から、新たに積もった雪はなく、いくらか溶けて減ったかなぐらいです。
いつもなら5時50分に起きるのですが、きょうはお休みにしたので、寒いし、7時近くまで寝ていました 笑。そして朝食を食べてから、妻とウォーキングです。いつものコースを歩き出してすぐ、道路のコンディションが思っていたより良いことが分かります。路面にほとんど雪がありません。歩道もけっこうきれいに除雪済み、これなら大丈夫です。
そして道路は、上り坂に変わります。それでも歩くペースはそのままで、一気に標高差25メートルを登り切ります。そこに最初の目的地、神社があるのです。境内に入って、息を整え、お参り。そして、別ルートで降りてきて、稲荷神社をお参りして次に、もう少し足を伸ばしてお不動様にお参り。そこをUターン、別ルートで帰宅コースを取って、途中、お地蔵様の所に行くことが多いのですが、この日は直帰して、改めて掃除道具を持って出かけることにしたのです。
地蔵堂の入口の鍵を開けて、中を見れば、やっぱり少し埃がたまっています。妻には掃除機をかけてもらい、わたしはガラスマイペットで窓ふきです。そして最期のガラスをキュキュッと磨き上げれば、お掃除終了。掃除道具をかたづけて、お参りして、入口の扉に鍵を掛ければなんだか明るくなった気がするから不思議です。いちおう今年度いっぱいわたしが、副区長として、ここの責任者ですから、お役を終える日までは、という気持ちですね。
明日から年末年始休暇です。ということは、昨日は、現役最後の勤務となったわけです。だからといって、何の変哲もないいつもの一日。なんかいまいち実感ないなぁです。
わたしの職場には、80才まで働いたナースもいましたし、70才を過ぎてなお元気いっぱいに働いている人たちがいっぱいいます。というか、オーバー60以上で保っているといってもいいくらい--、介護の現場では当たり前の--、ところですので、書類上、アンダーか、オーバーか?があるだけで、いつ誰がオーバーしたのかは、分からない--、特に公表もされませんし、自ら言わなければ--、のですね。
年が明けて1月1日。
あれほど降っていた雪がお昼過ぎには、すっかり上がって、きれいに晴れています。妻が、雨雲レーダーを見れば、わたしたちの上空に、まるで穴が開いたように雲がなくなっていると言います。これは、きっとお誘いに違いありません。すぐにウォーキングスタイルの身支度をして外に飛び出すことにしたのです。
まず目指すは、標高差25mの登坂。お正月なのに、道路も歩道もきれいに除雪されているので、凍って滑りやすいところを気をつけて歩けば大丈夫です。
着いてみれば、境内に誰も足を踏み入れた痕がありません。降り積もった雪の深さは、50cmはありそうです。せっかくですから、入ることにします。もちろん、それを想定して膝まである長靴を履いてきているのですから。それにしても思ったよりタフな折衷行軍でした 笑。
記念に写真を撮ったわたしたちは、先を目指します。道の除雪完璧。なんなく稲荷神社、お不動様とお参りして、次に、神明社、そして郵便局で年賀状を出してから、お地蔵様、そこから更に足を伸ばして天満宮へと歩きます。そこをラストの初詣として家に帰り着けば午後3時も過ぎて、歩数は9386歩。除雪済みの道とはいえ、なかなかでした 笑。
3日も、1日2日と同じように、ウォーキング。しっかり脚を鍛えてから、昼下がりに妻とかばんを持って出かけます。行き先は市の中心部、11月22日に泊まったホテル。定年退職を記念して?のつもり 笑。
さいわいに、新型コロナ感染者も、11月12月ともに、県内に一人だけ。年が改まっても0なので、感染対策を護っていれば感染確率はきわめて低いと判断したのです。
ホテルにチェックインして、まずは、市でいちばんの神社に行ってみることにします。もし、参拝者少なければ……、もう3日だし……、夕方だし……、と思ってのことです。しかし、近づくほどに人が増えてきます。そして、神社の境内には、ずらりと並んだ人の列。これはノーサンキュー。年が明けてすぐ、地元で誰もいない神社で初詣しましたから、いいでしょうと、鳥居をくぐってすぐの所で立ち止まり、遠くの拝殿に向かってお参りして、Uターン。戻ることにしたのです。
そのままホテルに帰るのもちょっと味気ないので、近くのデパートに入り、ぶらぶらしてみます。ほとんどお客は誰もいません。静かなものです。そして、書店のフロアに着き、店内に入ってもお客の気配がありません。読みたい本はないかなぁ〜と……。もしかして西村京太郎さんの新しいのがあるかもしれないとミステリーの棚に行ってみれば、ありました。妻が2冊、わたしは1冊買い求めてエレベータへと向かいます。
さて、そろそろ夕食にしてもよさそうな時間です。また11月と同じフロアでとも思いましたが、今回は、行ってみたいお店があるのです。
デパートを出て、そのお店--地元では老舗--に入ってみれば、やっぱりがらんとしています。テーブルについてまもなく、誰か入ってきました。座るのかなと思ってみれば、どうやら電話で注文していたのでしょう、テイクアウト、出て行ってしまいました。
わたしも妻も、いちばん食べたかったものを注文して待つことしばし。きました、トンカツ!
またか!? 笑
わたしは割とベジタリアンなのですが、たまぁに食べたくなるんですよねぇ。一年に数えるほどぐらいですねぇ……。
特に急ぐこともなく、静かなお店--その後一組入ってきただけ--で、おいしくいただき、「ごちそうさま」と、お勘定を済ませて出てきました。ここでいつもなら、バーでいっぱいやりたいところです。どうしようかと思案しばし。けっきょく手近のお店でワインと、おつまみ少々、それに明日の朝ご飯用にパンなど買い求めてホテルに戻ります。
翌朝、のんびり目覚めます。一年でいちばん遅い日の出の頃。その日の出より遅くベッドから起き出します。きょうは再雇用最初の1日なのですが、お休みにしました 笑。暦の上では昨年、12月29日から休んでいますので、連続一週間のお休みとなります。私的にこれほど長い休暇を取ったのは初めてかもしれません。承知の上のはずです。それなのに、気持ちのどこかに罪悪感があって、どこかいまいち楽しめないというのか、後ろ髪引かれる思いがあるというのは、どうしたものでしょう。困った物です。
この痕、帰宅する以外なにも予定なし。チェックアウトは、ぎりぎり午前11時までとしたのでした。
さあ、明日から、仕事だ!
地元のコロナ感染者数は、1月から2月中旬に向かって、増加し、2月中旬にピークを打った後、4週間増減しながら推移しました。そして3月中旬から、減少傾向に転じたようです。
3月20日。近くの公民館で、町内会総会です。わたしは、妻と早めに行って、区長さんと、会場作り、そして議事進行について最後の打ち合わせをします。朝の気温は、5度ほど。換気のために窓を開けば、風通しがよくなりますが、室温は上がりませんので、ダウンジャケットは着たままです。入口の受付台には、体温計とアルコール噴霧器、そしてレジメを載せて受付係になって待つことしばし。来る人数は、制限されていますので、受付といってものんびりしたものです。そして午前9時、受付を離れて副区長の定位置に移り議事進行に加わります。
ほとんどの行事は中止し、いくつかだけの縮小開催でしたから、行事報告、決算報告共に短時間で終わりました。次年度案も基本的にパターン化したものを読み上げるのみ。あっという間に終わり、役員引き継ぎ。そして終了。部屋をかたづけ、最後に新区長、副区長たちに後を任せて、もしなにかあれば電話くださいと言って、わたしと妻は帰宅しました。
初めての副区長。たいした行事もほとんどなかったけれども、とにかく無事終わったということで、ちょっと……。
月が変わり4月。県内の感染者数が統計的分析でも、日々減りつつあることが数値に表れてきました。とはいっても昨年暮れのような0からはほど遠い数です。
昨年5月6月、最初のコロナワクチン接種。次に今年1月にもワクチンを接種しました。相変わらず副反応があって、3、4日間はそれに悩まされましたが、どうにか休まずに済んでいます。とりあえず副反応は病気ではないので、気持ちとして、お気楽に受け取っています。それにしても、もう少し軽くならないかなぁは、毎度のことです 笑。
ここにきて、新型コロナウイルスの“実態”が、いろいろな数値として次々と出てきています。気になるところは、感染力と、致死率ですね。まだ、“確定”とは言い切れないまでも、それほど強い感染力はなさそうです。ただ、こう書くと非科学的です。このあたりのことは、まだ書くべき時期ではないでしょう。
「さくら咲いたね。見に行こう」
こうして、また市の中心部のホテルに4月3日3時にチェックイン。部屋に荷物を置いて、妻と二人、ウォーキングついでに近くの公園に向かって歩き出します。そらは、薄曇り。気温10度ぐらい。風穏やか。ある国は問題なし。
公園に入ってみると、お花見に来ている人たちがそこそこいるようです。みな歩きながら、“お花見”を楽しんでいるようです。わたしたちもそれに見習うように、その流れに乗って歩いていきます。だれもが一所ににとどまらずに歩いているようです。カメラで撮影している人もいます。
公園を通りぬけ、階段を降りると、道は、右か左。どちらに行っても、桜が咲いています。とりあえず左へ行こうと、桜並木が終わるところまでのんびり歩きます。遊歩道には誰もいません。それから元の場所に戻ってきて、今後は、右へと……。例年なら、桜が咲いている日曜日にのんびり歩けるはずがない所なのです。それがときどきそぞろ歩きしている人たちがいる程度です。目の不自由なわたしにとっては、ありがたいと、ついほっとしてしまいます。
ぐるりと歩いてホテルの近くまで戻ってきました。時間は5時過ぎ。もう春分を過ぎていますので、まだ夕方っぽくありません。それでも、お腹がすいてきました。どこで食べようかと、二人で相談しながら歩きます。
アーケード通りは閑散としています。日曜のこの時間でこれなら、どこに入っても……かなと思いながら、デパートの前まで来ました。けっきょく、そこに入り、エスカレータで上がりながら、ときどきフロアに降りては、またエスカレータで上がるを繰り返し、食堂のフロアに着いてしまいました。
夕食を終えたわたしたちは、地階に降りて、そこで今夜のお酒と、おつまみ、そして明日の朝食用のパンを買い求めてホテルへと。翌朝、月曜日。わたしはホテルから出勤したのでした 笑。
全国旅行支援という制度があるそうです。ときどき旅行に行きたくなる者としては、魅かれます。ただ、病院に勤める身としては、何はなくても感染対策。一にも二いも、感染リスクのある所に足を踏み入れるべからず!買い物は、例えばスーパーに行ったとしても、駐車場にクルマが多ければ、あきらめて出てきて、時間を改めるようにしてきましたし、それはコンビニでも同じ。ここに書いているように、泊まるホテルは、完全に感染対策のあるホテルとし、チェックイン・アウトも混雑する時間をあえて避けています。デパートも人がいなくて静かと書いているように、人がいないからこそ入っているので、偶然ではないのです。ですから、旅は行きたいが、感染対策上、あっても使わない制度にしているのです。
ところが、とうとうというか、ようやくきました“県民割り”。地元のホテルで使える割引制度。しかも簡単に!
ここで気になるのは、地元の感染者数です。県から開示されるデータをダウンロードし、いくつかの統計的手法を用いて分析を試みています。それによると、5月中旬あたりが数としてピークとなり、その後、緩やかに減少してきていることが数値に表れています。減少傾向は、残念ながら、6月末を待たずに増加に転じ、一ヶ月程度で、10倍を越える数まで感染が拡大。その後、多少の増減を繰り返しながら、高値を1ヶ月ほど維持し、8月中旬から、ようやく減少に転じたことが、分析結果に表れてきました。とはいえ、9月に入っても相変わらず感染者数は、夏のピーク時の半分を超える数が報告されています。
9月に入って一週間が経ちましたが、感染者数は増えてきています。一時的なものなのか?それとも……。迷います。とりあえず、あのホテルに予約を入れておこう。
19日。朝から南風が吹いて、気温がどんどん上昇していきます。猛暑になったかもしれない暑さの中、わたしと妻は、昼下がりに自宅を出て、市の中心部、またあのホテルに向かいます。
感染者数は、泉州一週間、劇的に減少。うれしい限りです。県全体、市町村別、男女比、年代別にクロス集計し、分析を試み、2020年3月からの”経過”も数値から見てもみます。
それを踏まえた上、台風14号が日本に接近、山口県あたりから日本海に北上、荒天が予想されるというニュースが、わたしにゴーサインを出させたのです。つまり、台風が来るという中、わざわざ人は出てこないだろうということです 笑。
この読み当たりました。ホテルのエントランス、チェックインカウンターには、一組だけ。夕方5時を過ぎてホテルを出れば、強風。ほとんど誰もいないアーケード街には、風が駆け抜けるだけ。風をよけるように近くのデパートに入ってみれば、そこもまばらに見かけるだけです。エレベーターで食道フロアに上がってみれば、歩いているお客は、数えるほど。これはラッキー!
今回は、海の素材でいこう!と、寿司屋に入りました。奥のテーブルに案内され、メニューを妻に見てもらいます。あれこれオーダーするのも面倒といえば面倒なので、“店主おまかせ”二人前と、地元のお酒一合、ひやで、妻は梅酒オンザロックとしました。
時間が早めということもあったのかもしれませんが、やっぱり台風効果?他に入ってきたお客は他に三組だけ。お店としてはもそっと活気がほしいところでしょう。わたしとしては、これくらいにしてほしいくらいなのですけど……。
お寿司を少し追加し、お酒ももう一本いただいて、気持ちよくホテルに帰ったのでした。
翌朝、20日の火曜日。平日です。台風は通り過ぎて夜中に降っていた雨もやんだようです。せっかくいただいた県民割り。自宅へのプレゼントにと、お菓子の詰め合わせなど買い求め、妻に職場前で下ろしてもらい、出遅れ出勤したのでした 笑。
8月4日、角松敏生さんのニューアルバムをネットで注文。8月29日に仕事から帰ってメールをチェックしてみると、発送しましたを受信。両日ともに最高気温28度程度と、8月にしては低いというのは、何か意味ある?とかと勘ぐってみても何も出てきません 笑。ちなみに、30日は最高気温は30度に戻ったし、その翌日は36度と猛暑に戻ってしまいました。そのめっぽう暑い日に仕事から帰ってみれば、届いていました。CD。題名は、Inherit The Life。すぐに開封してパソコンのCDトレイに装填、妻と聴きました。
「なんかおもしろいね」
「そうねえ」
「これでコンサートというのか、ショーをやるらしいよ」
「分かった。調べてみるわ」
そしてまもなく……、
「神奈川県横浜の神奈川芸術劇場ね。公演日は、9月だけよ」
「えっ!すぐじゃん。他でやらないの?」
「ここだけだし、この何日だけみたいよ。ちょっと待って、チケット調べてみるから……」
そのとき、どの日もほとんどソールドアウト。24日にかろうじて数席残っているだけ、しかも隅っこの座席。
「開演が午後1時なら、日帰りできると思う。問題は感染状況だけど、最悪爆発的に拡がったら、残念なことにするしかないけど、もしかして沈静化するかもしれない。そちらに賭けよう。その席取ってくれる?」
アクセスが集中しているのか、ネットの応答が、めっぽう重い。なかなか画面が変わらないのです。時間は多少かかりましたが、妻が2席取ってくれました。
24日、台風15号が東海地方に最接近するとスマホで予報をチェックしながら東京駅に降り立ったのは午前11時半。東海道新幹線が運休したということで、これは荒れるかもしれないと思いながら、東海道本線ホームに移動。入線してきた熱海行きに乗ります。乗った時点で既に空席がなかったので、吊革につかまります。
そして電車が川崎を出てまもなく、わたしのスマホに、妻のスマホに、あちらこちらのスマホからけたたましい警報音が鳴ります。内容は、横浜に豪雨、危険とのメッセージです。これは、いかんとしたことか?いつも晴れ夫婦。まさかの豪雨になってしまうのか!
「とりあえず横浜で、みなとみらいに乗り換えて、日本大通まで行こう。そこから地上に出てみて、もしどうにもならなかったら、そのときはしかたがない。帰ろう」
「そうね」
日本大通駅から地上に出てみれば、えっ!うそ?ほとんど小雨。この後、この雨が豪雨に変わってしまうのだろうか?とりあえず持ってきた傘を差して神奈川芸術劇場に向かいます。初めていく場所ですが、降りたお客の多くがそちらに向かっているようなので、ついて行ってみれば、たしかにそれはありました。時間はまだ12時を少し杉田程度。開演まで少し時間があります。
「近くでお昼にしよう。さっきコンビニあったし……」
「戻ってみましょう」
一度コンビニに戻ってみたものの、路上で立ち食いというのもどうかということで、妻がふと見ると、そば屋の看板。
「おそばでどう?」
「いいね、そばにしよう」
お店に入ると、前売りチケット制。自販機で注文し、空いているカウンター席で、待っていれば、おいしそうなそばが来ました。
「おいしかった。ごちそうさま」と言って、そば屋を一歩出てみれば、雨は更に小雨。もしかして、安心させておいて、後からドカ降りするとか?そう思いながら神奈川芸術劇場に入り、係の人に座席番号を言って、いちばん上のフロアに連れて行ってもらいます。指定座席は、そのフロアの最前列、真ん中より少し右寄り。たしかにステージからは遠いのですが、音の通りは良さそうです。時間は12時55分。スマホの電源を切って開演を待ちます。
始まりました。ステージは上下二段になっています。角松さんほか、バンドメンバーは上の段にいます。下の段は、なんと俳優たちが、劇を演じているのです。
その物語の所々で、角松さん他、音楽部門が、演奏し、歌を歌うのです。一見するとミュージカルと思ってしまいます。でも、俳優たちは、セリフを言って、演技しても、歌は歌わないのです。歌わないけど、踊るのです。それもかなり洗練されたダンスを。さぞ見応えのアルダンスだろうと、観客のリアクションから想像がつきます。
ステージは前後半二部構成。角松さんの歌も聞き応えばっちり。その上、女性シンガーたちが、圧巻の歌を歌います。俳優たちが、ステージ狭しと踊り、物語が進んで行きます。時代背景は、おそらく1980年代後半でしょう。プロのダンサーを目指す若者たちの織りなす涙あり、笑いありの内容です。
ショーは終わりました。物語は完結しました。でも、「これ、きっと続編あるよね」と、妻と話しながら会場から外にでました。後は家に帰るだけです。雨はやんでいました。時間は4ジ15分を過ぎています。たたんだ傘を片手に日本大通り駅に向かって歩きだしたのでした。それにしても、東京から横浜まで乗った電車が混雑があったとはいえ、座れなかった程度でしたし、それ以外は都会とは思えないほど人がいません。もしかしてまた台風効果!?
p. s.
明日葉、大学の卒業式です。2020年10月に入学。どうにか2年で卒業単位を取ることができました。本来ならせっかくの式ですから、出席すべきです。ただし、前日に観劇、しかも感染者数は必ずしも低からずの時期です。もちろん感染対策に手抜かりはありません。それでも、一応万が一のことを考えて欠席を通知しておきましたので、明日葉、自主自宅軟禁の予定です 笑。
国からは、全国旅行支援。都道府県レベルでは、新型コロナの感染状況の詳しい報告が9月末に終わりました。個人的には、今年1月6月、そして11月にワクチンを接種。これで合計5回。少しずつではありますが、感染対策の“ツボ”もわかるようになり、徐々に生活をコロナ以前に戻してきました。要は、“感染しない行動”をまもるということなのですから。
先月末、妻と結婚記念日の食事会を駅前の中華レストランで楽しみました。
午後6時、予約の時間にレストランに入れば、忘年会などの集まりもなく、何人かはいるようですが、静かです。案内された個室に入り、コースメニューの一つを注文します。今回はクルマで来ているので、妻にはノンアル、わたしはビールで乾杯。次々と運ばれる料理を味わいながら、話に花が咲きます。
あっというまの2時間半が過ぎて、お腹いっぱいになったわたしたち。レジカウンターに行ってみれば、もう誰もいない?様子です。おいしかったことへのお礼を告げて、レストランを後にしました。
そして月が代わり、やっぱりホテルに泊まって、お酒も二人で楽しもう!ということで、また、例の市の中心部のホテルに予約を取ります。今回は、全国旅行支援も、ということにしました。
12月11日午後3時。ホテルのエントランスを入ってみれば、意外に多い宿泊手続き中の人たち。こんなに多いの、初めてだと思いながら、距離を置いて順番を待ちます。耳に入る言葉によると、どうやら県外の人たちもいるようです。
そしてわたしたちの番がきました。「予約の……です。」
「ご予約の方ですね。接種証明書をお持ちですか?」
「はい……、あれ?……あっ、忘れてきた」
けっきょく、たいして時間もかからないということで、家に取りに行くと約束し、ルームキーをもらい、チェックインしたのでした。
一休みした後、自宅に戻り、机の上の接種証明書を持って、クルマに戻ります。妻がクルマをスタートさせ、同じ道をホテルに向かって……。
クルマを駐車場に入れて、ホテルのロビーに入り、接種証明書を見せれば、手続き完了です。わたしたちは部屋に戻らず、ホテルを出て夕食を食べに街に出ました。
アーケード街は、クリスマスの音楽が流れている割には、歩いている人はほとんどいません。とりあえず一回りして、デパートの地下に降ります。そこで、今夜のワインと、おつまみ。それに明日の朝食にしようと、パンを買い求めました。
それらを片手に持って、寿司屋を訪ねれば、やっぱりこの時期にしては静かでしょう。テーブル席について、とりあえずわたしも妻も店主おすすめを握ってもらい、彼女は梅酒オンザロック、わたしは地元のお酒をひやでいただきました。
お客が一組、また一組と入ってきて、カウンターやテーブル席も少し埋まってきています。寿司を握る手も忙しくなってきているようです。その手をもう少し動かしてもらおうと、わたしと妻、いくつかオーダーして、お酒も追加します。
おいしくいただいたわたしと妻、ホテルに戻って、ワインの栓を開きます。明日は月曜。今年三日目の休みを入れてあるので、オフの時間を存分に楽しむつもりです 笑。